アダルトチルドレン。愛着の問題ーひたすら愛を求め続けて苦しむ

愛着の問題

●愛着の問題とは?

児期や幼少期に母親との関係が不安定だと精神的に成長できずに自分が何者かさえわからずに、ひたすら愛を求めてさまよい苦しむことになる場合がある。特に溺愛状態からいきなり突き放された感覚などを覚えると、大人になってからもひたすらに母親の愛を他者に求め、常に見捨てられる不安と闘いながら生きることになる。その欲求は満たされることは無く、その相手が去ってしまう感覚に襲われると胸が張り裂けそうになるくらいの痛みを感じる。時には相手を引き留めようとするために、またはその不安を鎮めるために自傷行為に走ることもある。大人になってからも自分が自分であるという感覚が欠如してしまうと精神の病をもたらすことにもつながる。このような主に母子関係において不安定な中で成長し、心の空洞を抱き自分が何者であるかわからない不安定な状態で、ひたすら満たされることのない愛を相手に求め続け、苦しみ続けるような問題を「愛着の問題」と呼ぶ。通常のカウンセリングで取り扱うのが神経症レベルの問題だとすると、「愛着の問題」は精神の病、もしくはパーソナリティ障害のレベルとも考えられ、解決の難しさが想像できる。

 

●さらに「愛着の問題」とは?

 人は、主に乳児期において親に無条件で守られているとの信頼感を得る。その部分が不安定だと人間関係において信頼感を得ることが出来なくなる。成長してからも足元が不安定で、常に不安感や恐れに取りつかれている感覚で、それを刺激する少しの出来事でも、見捨てられる不安が発動され、激しい恐れとそれに伴い激しい怒りが生じることとなる。そしてそれを行動に現してしまう。過去に満たされなかった親からの愛情を常に他者に求めてしまうので、人間関係は破綻する。

 

●「愛着の問題」に対するカウンセリングとは?

 「愛着の問題」に対してカウンセラーは養育者の立場を取り、クライエント(相談者)が満たされなかった親からの愛情を感じることが出来るようなアプローチを心がける。クライエントは何度もカウンセラーを試すような発言をするかもしれないが、それにぶれることなくカウンセラーはクライエントに寄り添った対話を継続する。その関係性を継続することにより段々と人に対する安心感が芽生え、自分の中にも安心する力が存在することに気づき始める。やがては、他者に愛情を求めなくても自分はそこにいていいという安心感を抱くことが出来るようになる。

 その他にも、第三者に優しく抱きしめてもらいながら、子供の時の感覚を再体現するというワークがある。自分の不安や怒りや悲しみを相手にぶつけても、それでも大丈夫なんだ、抱きしめてもらえるんだという感覚を得ることにより心が満たされ人に対する信頼感や自己肯定感が自分の内面に生まれる。それ以上、他者に親の愛情を求める必要が無いということに深いところでの気づきが得られる。

 

●「愛着の問題」に対するカウンセリングの注意点は?

 この問題は短期間で改善するものではなく、長期にわたりカウンセラーとの安定した関係性が必要になる。それなので、どこかの機関に雇用や所属しているカウンセラーの場合は転職や移動などによりカウンセリングの中断や、新たなカウンセラーと再度信頼関係を結ぶ必要性が生じるなどの問題が考えられる。

 また、クライエント(相談者)の内面に依存心が生まれる傾向が考えられ、特に抱きしめるなどのボディコミュニケーションを用いたカウンセリングでは、相手への依存心が膨れ上がり適切なカウンセリングが行えなくなる場合が考えられる。この場合などは、カウンセラーとは別に抱きしめる人を用意する必要がある。

 

●「愛着の問題」に対する考え方の注意点とは?

 近年、愛着の問題というワードが取り上げられることが多い傾向にある。しかし人間は、どこかしら愛着の問題は持っている。完全に親からの愛情を受けて満たされている人など存在しない。不安や恐れ、怒りなどすべて愛着の問題に結びつけてしまう危険性は避けなければならない。そうでないと、認知行動療法再決断療法弁証法的行動療法など効果的な心理療法があるにも関わらずそれだけでは私の問題は解決しない、なぜなら私の問題はもっと奥が深いからだ、などと問題を自分自身で大きくしてしまう場合もあるし、それらの心理療法の妨げにもなる。カウンセラーも必要以上に長期にわたるカウンセリングを勧めたりすることにもつながってしまう。

 

悩みのない人など人間社会において存在はしない。一見悩みがなさそうで人から羨ましがられそうな人でも、本人にしか分からない悩みを抱えているものである。どのレベルを回復と捉えるかは、本人自身の判断によるものだがそれは現実の生活体験を通してクライエントとカウンセラーとの対話の中で見出していくものであると考える。心理療法もまた然りである。